ラドーのキャプテンクックです。非常に見どころの多い時計ですが、まずはラドーの歴史から調べてみました。 1917年、Fritz、Ernst、Werner、Schlupの兄弟がスイス・lengnau /レングナウの自宅を時計工房に改造しました。これがRADOの起源だと言われています。計画は壮大でした。自分たちで時計のムーブメントを製造し、また大西洋を渡り世界中に時計を販売する計画を立てます。彼らは豊富な種類の時計に想像力豊かな名前をつけて販売を開始しました。 1947年、新しい取引きを開拓しさらに事業を拡大するため経済学者のDr Paul Luthiを会社に招き入れます。彼が最初に取り組んだことは、アメリカ市場で時計ムーブメントを安定的に販売すること。当時の会社である「Schlup&Co」はDr Paul Luthiの考えに従い、北米への輸出拡大をはかりますが、同じ時期に敗戦から復興したドイツと日本の時計企業が彼らの商売と競合するようになりました。 そこで「Schlup&Co」は様々な顧客向けのプライベートブランド時計を請け負う事業をスタート。1950年代の半ばに始めたこの事業で完成品メーカーのノウハウを蓄積することとなります。そして1956年に初めての固定的な自社ブランド「EXACTO」を立ち上げました。しかしこの名前は“高品質”という意味を持つことから、輸出先で商標や権利関係の問題が起こりすぐに廃止。翌年の1957年に「RADO」という名前が統一された自社ブランドとして決定されました。 その後のラドーの躍進は目ざましく、南米や東アジアを中心とした独自のマーケティングで販売本数を大幅に増やしていきます。そして1962年に発売された「DiaStar」は世界的な大ヒットに。これはキズのつきにくい硬質ケースの腕時計として日本でもブームとなりました。 1983年、ラドーはオメガやETAを中心としたSMHグループに合流。その後、同グループはさらに参加企業を加えて1998年にスウォッチグループとなり現在にいたっています。 紹介するキャプテンクックは220メートルの防水時計。1970年前後のリリースと思われます。販売当時の箱、取扱説明書も付属した完品。 ケースは比較的ズッシリしており、精巧なつくりや仕上げから当時は相当な高級品であったことがうかがえます。当時の販売価格は分かりませんが、同時期のラドーのラインナップ中でも高級ラインであったことは間違いありません。 2003.12 update |
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先の説明のように早い時期から日本のマーケットに進出していたラドー。60〜70年代の日本国内では「舶来品」「スイス製」という“信仰”のもと、ラドーの価格帯は国産メーカーの上位に位置していたようです。その世代の方は特に高級品のイメージを抱いているかもしれません。 現在はスウォッチグループのいち企業となっていますが、グループの戦略から準高級品のポジショニングがされているようです。 |
この時計にはキャプテンクックというネームが付けられています。 キャプテン・クックはイギリスの探検家で本名ジェームス・クック。彼は生涯で3度、太平洋への探検航海に出ています。1770年、最初の探航海でオーストラリアを発見します。その後の探検で太平洋諸島を巡りハワイ諸島を発見しました。ちなみにこのハワイ諸島を発見した冒険のスポンサーは有名なサンドウィッチ伯爵。はじめてハワイに到達したキャプテン・クックは先住民に手厚い歓迎を受けます。彼が先住民の信仰していたロノ神の再来と信じられたからでした。しかし 本国イギリスへ向け出航したクックは北西の航路を捜し求める途中で厳しい冬の嵐に巻き込まれてしまいます。 船体を修理する為にハワイ、ケアラケクア湾に引き返すと先住民たちのクックに対する態度は以前のものとは違いました。偉大なロノ神がそれほどのことで被害を被ることはおかしいとクックたちを疑い始めたからです。クックに対する尊敬の念は瞬くまに消えてしまい、最後には戦争になってしまいました。キャプテンクックは 1779年2月14日この戦いで亡くなっています。享年50歳。現在、ハワイ島ケアラケクア湾畔にはキャプテン・クックの記念碑が建っています。 |
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当時の箱、取扱説明書が付属した完品。なんとこの時計には「交通事故障害保険」「動産(盗難・火災)保険」がついています。この腕時計をしているときに事故に遇うと保険がおりるというもの。アメックスのようなサービスですね。 |
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ラドーのマークはクルクルと回転します。回転するマークはラドーの特許。ケースバックには「SYMBOL PAT」ナンバーが刻印されていました。マークの赤い丸は「太陽」を、矢印は「時」を表しています。 |
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パテントも取っている特殊ケース。指定の位置に被せて30度回すと裏蓋がしまります。エニカのケースと似ています。 |
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この時計には非常に特殊なステンベルトが付属しています。説明がないと理解が困難。私も仕組みを理解するのに時間を要しました。 |
特筆すべきはベルトが完全に伸び切った状態でないとバックルが開かない構造を持たせていること。ベルトが伸びきった状態では下の写真Aのようにバックルが開きます。ポイントは赤丸と黄丸で囲んだ部分。この状態(ベルトが完全に伸び切った状態)では何の障害物もなく写真Bのように重なります。 写真Cは写真Aをベルトの反対側から見たもの。ベルトの構造を理解するためにバックルを閉じずにレール部分を右方向にスライドさせたのが写真D。つまり(バックルを閉じているとすれば)ベルトを短い方向に調整しているところです。ここで写真Aの黄丸の突起部分の下側にレールが入りこみます。これでロックされて(ベルト調整中は)バックルが開かないのです。 |
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またベルト調整中にはベルトを“短くする方向”(上の写真では左方向)へは「カチカチカチ、、」と8段階でスライドしていきますが、“長くする方向”(上の写真では右方向)へはロックされてスライドしません。ただし写真中央左上の突起を押しながらですと“長くする方向”にもスライドするようになります。この仕組みについては下の写真で説明します。 突起の根元は写真aのようになっており、この根元の形状がこの仕組みを持たせています。「高低」となっている部分は(写真では分かりにくいのですが)三角形をイメージして下さい。この三角形と写真b(写真aを裏からみたところ)のギヤが関係。左方向(三角形の低い側)にはスライドしますが、右方向には(三角形の高い方の角度がギヤにかかって)スライドしません。ただし写真aの突起を押すことでこの三角形が沈み、右方向にもスライドするのです。 実際の使用場面ではベルトが伸びきりバックルが開いた状態で腕に時計をはめ、バックルを閉じ“短くする方向”にスライドさせ時計を装着、しめすぎたと思ったら突起をおして1段階“長くする方向”に調整する具合です。これは使用中にベルトが緩まない工夫でもあり、前述のバックルの仕組み(ベルトが完全に伸び切った状態でないとバックルが開かない構造)も使用中の事故を防ぐためのものと想像します。 |