LONGINES CHRONOGRAPH Fly-Back Cal.539

   

   

   

   

   

   

  

  

  

  

 ロンジンのクロノグラフです。1969年にリリースされました。大きなクッションケースは迫力満点。重量も相当です。文字盤を見てまず気がつくのは、クロノグラフ針と一体になった9目盛りのスケール。これはノギスの要領で1/10秒を計測する仕組みです(詳細は下で解説)。ローテクですが5振動機械で1/10秒を計測するアイデアは面白い。右の白目は30分積算計。この時計には秒針がありません。

 またこのクロノグラフはフライバック機能を持っています。一般のクロノグラフはストップ状態からリセットを行いますが、フライバック機能を持つクロノグラフはスタート後、ストップの操作を省略して、直接リセットすることが可能。リセット後はスタートボタンを押さずともクロノ針が瞬時に再スタートします。この時計に搭載されるロンジンCal.539は同社の名機Cal.30CHをベースとしていますが、フライバック機能は30CH系では共通。

 ロンジンCal.30CH系はCal.13ZNの後継機ですが、ともに機械式クロノグラフ史上の「傑作」と言われています。

 非常に見応えのあるクロノグラフ機械ですので、その動きを詳しく観察してみました。 2002.10 update

    

  

  

   

 クロノ針の先端に9分割されたスケールが付いています。60秒目盛りとスケールのピッタリ合うところの数値が0.1秒単位の数値。ノギスの原理をクロノグラフに持ち込みました。写真は7.4秒を示します。

  

  

   

  

  

   

  8225-1がリファレンス(製品)番号です。

7933/66 11685/66 4678/67 は同シリーズのダイバーウォッチなどと共通でした。

9-68はケース製造番号と想像 つまり1968年9月製造のケース。

一番下には浅い刻印で30CHとあります。

  

 

    

クロノグラフ動作の観察

    

機械写真1 待機

 ピラーホイール式のクロノグラフです。スタート/ストップの作業の際、プッシュボタンを押しこむ力がピラーホイールを介して伝わり、各パーツが作動。ドライビングホイールは絶えず回転しており、この回転を各クロノグラフの歯車に伝達していきます。

  

  

機械写真2 スタートボタン押す(クロノ起動)

 上のプッシュボタンを押すとスタート。ボタンを押し込みときと、離すときで、機械の動きに違いがあるので分けて解説しましょう。プッシュボタンを押し込むと、カップリングクラッチが図のように動き、その動きはピラーにかかる先端のツメまで伝達。先端のツメはピラーの「下の階の歯」にかかっており、上方向に引き上げる動作を行います。ピラーは左回りに回転(緑の矢印)。すると(赤い点の)“ピラー/山”の左側の“谷”にトランスミッションホイールを支える部品の突起が落ちます(機械写真1/待機では“山”の上に乗っていました)。するとこの部品(の支点より左側)が左上方向にスライド。先端につくトランスミッションホイールがクロノグラフランナーと接続して、ドライビングホイールの回転が伝わるのです。ドライビングホイールはクロノグラフ針と連動する車ですから、ここで文字盤のクロノグラフ針が動き出します。

 一方、右の(黄色い点の)ピラー/山にはブレーキレバーの先端が乗っています。待機状態(機械写真1)では谷部分に落ちていました。ここでピラーの上に乗ることで、シーソーのように逆側でクロノグラフランナーを押さえていた部分が車から離れます。待機状態ではクロノグラフランナーを保持し、クロノグラフ針が動かないように機能していました。

  

  

機械写真3 スタートボタン離す(クロノ起動)

 スタートボタンを離すときにも動作が発生します。ボタンを押し込んだときに(ピラーホイール「下の階の歯」にかかる)カップリングクラッチ先端のツメが、ピラーを手前(上方向)に引き込みますが、スタートボタンを離すときには、このツメがひとつ先(下)の歯にかかる動作を行います。つまり次のピラー回転に備えるのです。このときはピラーは回転しません。 ※写真ではストップレバーの下にツメが隠れています。

 ピラーホイール式のクロノグラフのスタートボタンを“離すとき”にも「音(感触)」がするのは、この動作が発生するからです。

  

  

機械写真4 ストップボタン押す(クロノ停止)

 ストップも上のプッシュボタンを押します。ここでも、ボタンを押し込むときと、離すときに分けて、解説しましょう。ピラーが回転するまでの動きはスタートのときと同様。再度、ピラーが左回りに回転(緑の矢印)します。すると今度は(赤い点の)“ピラー/山”にトランスミッションホイールを支える部品の突起が“乗ります”(機械写真2/スタートボタンを押すでは“谷”に落ちていました)。するとこの部品(の支点より左側)が右下方向にスライド。先端につくトランスミッションホイールがクロノグラフランナーと離れて、ドライビングホイールの回転が伝わらなくなります。ドライビングホイールはクロノグラフ針と連動する車ですから、ここで文字盤のクロノグラフ針が止まります。

 一方、右の(黄色い点の)ピラー/山に乗っていたブレーキレバーの先端が“谷”に落ちています。スタート時(機械写真2)では山(黄色い点)に乗っていました。ここで谷に落ちることで、シーソーのようにレバー逆側ではクロノグラフランナーを押さえます。ストップ中はクロノグラフランナー(クロノグラフ針)が動かないように保持するのです。

     

  

機械写真5 ストップボタン離す(クロノ停止)

 ストップボタンを離すときにも動作が発生。動作はスタートボタンを離したときと同じで、次のピラー回転に備えます。このときはピラーは回転しません。 

  

  

機械写真6 リセットボタン押す(クロノ停止中)

(リセット)A クロノストップ時→リセット

 クロノグラフをストップした状態でリセットボタン(下のボタン)を押すと写真のように力が伝わり、リセットハンマーが2つの車の(クロノグラフランナーとミニッツレコーディングホイール)根元にあるハートカム(★)を叩きます。このことで2つの車は0時位置にリセットされ、当然のことながら文字盤側のクロノグラフ針と積算計も連動して帰零。リセットボタンを離すと「機械写真1/待機状態」に戻ります。

 さて、リセット時にはクロノグラフランナーが高速で帰零(回転)するのでブレーキレバーは解除されている必要があります。しかしピラーホイールはクロノグラフ・ストップ状態から回転しないので、ピラーホイールの動きでブレーキレバーを動かすことはできません。そこでリセット時は(リセットボタンで動く)ハンマースプリングからかかる力によりブレーキレバーを動かすのです(黄色の波線)。支点より上を押すのでブレーキレバーは解除される方向に動きます。

 ※クロノスタート/ストップ時はピラーの山と谷の動き(黄色の直線)を使って、シーソーのようにブレーキレバーを動かします。

  
 この時計はフライバック機能を持ちます。つまりクロノグラフ作動中にストップさせずに、リセット機能を使うことが可能。帰零したクロノ針は(スタートボタンを押さずとも)瞬時に再スタートを行います。下の写真はフライバック機能時のリセットの様子。「(リセット)A/クロノストップ時→リセット」と比べると、ストップの作業を省略しているので、ピラーの位置が異なるのが分かります。

  

機械写真7 リセットボタン押す(クロノ作動中)※フライバック機能

(リセット)B  クロノ作動時→リセット

 クロノグラフ作動中、ストップさせずに、直接リセットした際の画像です。機械写真6とピラーの位置(ピンクの点)を比較してみて下さい。

 またクロノグラフ作動中はトランスミッションホイールとクロノグラフランナーが接続し回転を伝達しています。ストップボタンを押すと、ピラーの「山」を使って両者を引き離すのですが、リセット時にはピラーは回転しません。リセット時は、ブレーキレバー同様に、(リセットボタンで動く)ハンマースプリングからかかる力によりトランスミッションホイールを動かすのです(下の赤丸)。

 ブレーキレバーとトランスミッションホイールは、スタート/ストップボタン、リセットボタンで動きますが、動かす方法は押すボタン(上ボタン/下ボタン)によって違うことが分かりました。

 

 リセットボタンを離すと、リセットハンマーはバネの力で待機状態(機械写真1)に戻る仕組み。随時、帰零/スタートをスタンバイするフライバック機能を可能とするためには、リセット後、瞬時にリセットハンマーが待機状態に戻るこの動作が必要です。

 クロノグラフの中にはリセットボタンを押すとハンマーが2つの車(クロノグラフランナーと積算車)の根元にあるハートカムを叩いた状態のまま、次のスタートに備える構造のものもあります。カム式のクロノグラフのほとんどはその構造。一方でピラー式のクロノグラフの多くは、この時計のようにリセットボタンを離すとリセットハンマーが待機状態に戻るものが多いようです。これはフライバック機能を持たない時計にも共通しますので、フライバック機能を持ったクロノ特有の構造というわけではありません。ちなみにエルプリメロ()はピラー式ですが、“ハートカムを叩いた状態のまま次のスタートに備える構造”です。

 ピラー式クロノグラフのリセットボタンを押すと、「カチッ」と、「カ」「チ」の2段階の音を感じることができます。この「チ」の音がリセットハンマーが待機状態に戻る音。一方、カム式のクロノグラフのリセットボタンを押すと、「カッ」と1段階の作業音しかしません。 ピラー式とカム式の解説はこちら

  

  

特殊な中間車の移動方法

クロノストップ時

リセット時
 クロノグラフランナーとミニッツレコーディングホイールをつなぐ中間車。リセット時には互いに干渉しないよう接続を解除(移動)しなければなりません。一般的なクロノグラフではスライディングギア(こちらで解説)という仕組みを持たせ、その名の通りリセット時には中間車をスライドさせます。このロンジンの機械はスライド移動ではなく、文字盤側に車を沈める方法で干渉を回避。リセット時には専用の部品が右に移動(ピンクの矢印)して中間車の軸をプッシュします。すると軸を押された中間車が沈む構造。軸はバネになっているようです。

   

   

    

   

14から始まる8桁の番号はムーブメントナンバー。この数字から機械製造年が分ります。

1967年製造の機械のようですね。 

   

   

 ヒゲはブレゲヒゲを採用。ヒゲの一番外周を内側で巻き上げられた部分より上部(内側方向にうねっていきます)に巻き上げています。天才時計師ブレゲが考案した巻き上げ形状。その形状はち密に計算されたもので、腕のある職人にしか巻き上げることができません。ヒゲの伸縮運動の際に偏心運動が少なくなります。 ※理解しやすいよう右の写真ではヒゲに色をつけてみました。

  

   

   

  

クロノグラフ機械比較

Longines Cal.539 5振動/秒

Valjoux72 5振動/秒

Excelsior Park4 5振動/秒

 主要なクロノグラフ機械との比較。Valjoux72と比べるとテンプ、ピラーホイールの位置が上限逆に配置されていることが分かります。バルジューの部品配置のほうが構造的には主流。どちらが合理的なのかは分かりませんが、バルジューのほうが無理がない構造のように感じます。

 ロンジンと同じ部品配置のクロノグラフにはExcelsior Park4があります。いずれもドライビングホイールに専用のブリッジを設けるなど、高級機であることは間違いありません。ただしロンジンの部品は非常に肉暑で、面取りの丁寧さは段違いで“超”高級機とも呼べそうです。

  

  

  

   

  

  

  

 1972年当時のカタログに同じ時計が掲載されていました。このクロノグラフは防水時計とのこと。当時の値段で95000円。大卒初任給が2万円程度でしたから、なかなかの高級品だったようです。