HAMILTON ELECTRIC Van Horn Cal.500

   

  

  

  

  

 世界初の電池を動力源にする腕時計です。Hamiltonが自社開発したCal.500を搭載。ここで紹介する時計は最初期モデルのひとつです。電池を動力源にするといっても現在のクォーツ腕時計とは異なり、それまでのゼンマイを動力源にテンプを往復回転させ時を刻む時計と基本構造は一緒。ただし動力源がゼンマイから電池に変わり、テンプの回転には磁力を使いました。

 時計は非常に素晴らしい状態で現在も動き続けています。14金無垢のケースと、金属色の光沢が美しい文字盤は高級時計の装い。また“エレキウォッチ”らしい斬新なデザインが外装の随所に見られ、高い芸術性も併せ持っています。HamiltonのELECTRICシリーズはいずれもペットネームが付けられており、ここで紹介する時計は「Van Horn」と呼ばれています。

 搭載されるCal.500は美しい造形の時計機械。一方で製造数は非常に少なく同機を搭載する時計はアンティークマーケットでも見つけることは困難です。

この時計の入手を機会にHamiltonの歴史についても調べてみました。

 Hamilton Watch Companyは1892年、アメリカのペンシルバニア州、ランカスターに創業。大量生産された同社の時計はアメリカの市場で短期間に爆発的な普及を見せ、1900年には同市場を席巻する勢いでした。創業の翌年に同社の懐中時計がアメリカの鉄道時計として公式採用されます。特に精度の求められる鉄道時計に採用されたことは同社の技術力の高さについても証明しました。初めての腕時計の製造は1915年。男性用、女性用それぞれの腕時計に搭載されたCal.986が同社腕時計機械の初号機です。2年後の1917年には軍用時計についても製造をスタート。アールデコが流行した時代、同社は優れたデコ調デザインの傑作腕時計を数多く世に送り出しています。「Coronado」「Spur」「Piping Rock」と名付けられた腕時計はベゼル部がエナメル装飾された豪華品として今日でもその名を残しています。1930年代の早い時期には急速に普及する同社製品のギャランティー制度構築のため、直属の時計学校を設立。多くの時計師を輩出し、その多くはHamilton製品の製造、修理にあたりました。同社の傑作スクエア・ムーブメント(腕時計機械)のCal.982はここで開発されたと言われています。その後も革新的なアイデアの腕時計を次々に発表。1936年、二つの文字盤を持つ腕時計「Seckron」を、1938年、文字盤の上面が回転する「Otis」をそれぞれリリースし奇抜なアイデアが人々を驚かせています。大戦中の1943年にはアメリカ陸軍の軍用時計を手掛け、海軍にはマリーンクロノメーターを提供。アメリカメーカーとしての威信を見せました。

 そして1950年代はじめに世界初の電池駆動ムーブメントCal.500の開発に成功します。これはゼンマイで駆動していたテンプを、電池を動力源にして動かすというもの。腕時計から手巻作業をなくすと共に、絶えず一定のパワーでテンプを駆動することでテンプの振幅・振角が一定になることから、理屈上ゼンマイ時計よりも精度を出すことを容易としました。 同技術は1954年にアメリカで、1955年にイギリスでそれぞれ特許を取得。1957年より製品の販売をスタートさせました。その最初期モデルとしては三角形の文字盤を持つ「Ventura」(下・当時広告参照)が有名ですが、ここで紹介する「Van Horn」もその最初期モデルの1本です。しかしCal.500は不具合が多く極短期間に製造を終了、即応的に改良を加えたCal.501が誕生します。1960年には大幅に改良、コストダウンされたCal.505が誕生し、この機械を搭載した製品が数多く市場に出回りました。また日本のリコーは同社より技術供与を受け「HAMILTON-RICOH」銘で同種の機械(Cal.555E)を積んだ腕時計を発売しています。なお、このHamilton方式は“電池を動力源に磁力でテンプを回す”方式であることから、大きく「電磁テンプ」式とカテゴライズされています(各種例)。当時はアメリカ発のこの方式が次世代機械の主役となると目されていたようで、多くの時計メーカーが同様の機械開発を手掛けました。しかし1960年に同じくアメリカの時計メーカーであるBULOVAが「音叉」式と呼ばれる1秒間の振動数が300以上もある高振動・高精度腕時計の開発に成功。同じ電池時計ながら精度競争において「電磁テンプ」式は「音叉」式に完敗を喫します(音叉式各種例)。ちなみに日本のシチズンは1970年、BULOVAと共同出資で「ブローバ・シチズン」(現在の「シチズン電子」)を設立。シチズン銘(HISNIC、COSMOTRON-GX)の音叉時計を製造、発売しました。

 1966年、Hamiltonは小型ローター自動巻(一覧)で名を馳せたスイスの時計メーカーBUREN(同社の歴史)を買収します。Hamiltonは以前よりBUREN製の自動巻機械を積極的に採用する関係にありました。当時、複数のスイスメーカーが世界初の自動巻クロノグラフ機械である「Chronomatic」の開発に携わっていましたが、その中でも大きな役割を果たしたBURENを買収したことで、「Chronomatic」が1969年に完成するとHamiltonもいち早く、自社ブランド銘で「Chronomatic」搭載のクロノグラフを発売します。

 一方で全ての腕時計が電動化することを見越したHamiltonは1969年にアメリカ国内での機械式時計製造を全て中止しています。皮肉にも1969年12月、セイコーが世界初の「クォーツ」式腕時計を発表。1秒間に数万回もの振動を行うクォーツ振動子を使用した超・高精度機械の「クォーツ」式腕時計の急速な普及は、前述の「電磁テンプ」式、「電磁テンプ」式をも瞬く間に淘汰してしまいました。

 しかしHamiltonはこのクォーツの技術を土台にしながら革新的な腕時計を発表します。1970年5月6日、発光ダイオード(LED)を使用した“デジタル表示”の腕時計がお披露目されました。このLEDウォッチ・シリーズは「Pulsar」と名付けられて1972年より市販されます。時間表示の新しい方法技術は高い評価を受け、その製品は超高額であったにも関わらず大人気を博しました。この「Pulsar」開発、市販化さなかの1971年11月6日、Hamiltonの株式を所有していたアメリカ資本は、同株式を(現在のスウォッチ・グループである)スイスのSSIH(解説)グループに売却。ここにアメリカの時計メーカーであったHamiltonの歴史は終わっています。またその後、「Pulsar」の商標はセイコーが買い取り(国内のALBAブランドに相当する)海外展開の廉価モデルのブランドとして活用しています(解説)。 2005.7 update

    

  

  

  

    

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

PAT.PENDINGとあります。1954年の特許正式取得前に製造した機械でしょうか。

  

  

  

  

  

  

発売当時の広告 ここで紹介する「Van Horn」も載っています